前回書いたように池上彰はNHKを早期退職したわけだが、その主な理由は「執筆活動に専念したい」というものだった。

池上はNHK在籍中から週刊こどもニュースに出演する傍ら、本を書きはじめた。NHK職員が個人として本を出版する場合、局に申請して特別な許可を得なければならず、その許可は簡単には下りない。なぜなら職員が勤務中に取材で得た情報は局全体の財産であって、それをもとに個人が本を書いて売るというのは不適切であるという考え方からだ。

週刊こどもニュースを初めて4年目、1998年からようやく「池上彰・著」の本が出版されるようになったが、それまでは「NHK週刊こどもニュース班・編」などの名義でしか出版は認められなかった。また池上彰著としての出版の許可が下りても、最初のうちは「これが「週刊こどもニュース」だ」といったタイプの書籍、つまり局にとっても番組の宣伝になりますよ、という大義名分のある本しかなかなか認めてもらえなかった。

画期的な本が出たのは2000年の11月。池上がその本のあとがきに「この本での私の見方は、あくまでも私個人のものです。」と記したその本とは「そうだったのか!現代史」(集英社)である。かねてよりニュースを理解するためには現代史の知識が不可欠であり、それなのに肝心の現代史が教育されていない、と義憤にかられていた池上にとって、現代史をわかりやすく学べる本を世に出すことは、いわばライフワーク、絶対的な使命として貫き通したと言っても良いだろう。

刷り上がったこの本が数冊、週刊こどもニュースのプロジェクトルームに届いた時、池上の目の色が変わった。それまでは新しい本が届いても、あ、新しい本が出来上がってきたみたいだよ、とテーブルの上に積むだけだった池上だったが、今回ばかりは違った。飛びつくように本を受け取ると自分の席に戻り、すぐさま愛おしむように一枚ずつページをめくった。撫ぜるようにして装丁を味わい、内容を確認してようやくわれに帰ったようだった。

池上はその中の一冊を手に取ると、杉江義浩のところにやってきた。
「杉江君、この本を一冊あなたに差し上げましょう」
池上の言葉は自信に満ちていた。僕はせっかくですからサインをしてください、とねだった。本にサインなんてしたことないから照れるなあ、と始めは渋っていた池上だったが、マジックを手に取り「杉江さま NHK週刊こどもニュース 池上彰」と書いてくれた。

このあとも5年にわたって池上の週刊こどもニュース出演は続くのであるが、この日、杉江はハッキリと感じ取っていた。池上さんという人物はテレビに出るのが本職ではなく、本を書くのが本職なのだと。もちろん早期退職など予想だにしていなかったのであるが。
(つづく)

>>(第26回)一流記者を上回る取材力を身につける

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