この人形劇でこどもたちと柴田理恵は飛躍した。

アイデア倒れになるかとも思われた、家族みんなでニュースを考えるために自分たちで人形劇を演じてみようというこの「官官接待」の企画。だめで元々、とにかくやってみようというのが池上彰流であった。1年持つか持たないかとウワサされた「週刊こどもニュース」だったが、無事に2年目も番組は継続し、スタッフも出演者も慣れてきたタイミングということもあって、結果的に成功した。

ニュースを人形劇で表現するといっても簡単ではない。まずNHKに報道用のオリジナルのニュース原稿がある。それをベテラン記者のわからせブラザースが、わかりやすくリライトする。池上が追加取材をしてより深く正確なものに練り上げる。その原稿をもとに、あくまでもニュースに述べられた事実に忠実に、ディレクターの杉江義浩が人形劇のストーリーを考え脚本を書く。それを池上彰に見せて池上が杉江に修正点を指摘する。杉江が書き直す。見せる。修正する。その繰り返しだ。

時は1995年、バブル崩壊直後である。その年の年間流行語大賞にもなった官官接待とは、当時まで秘密裏に行政機関のあいだで行われていた行為だ。地方自治体の役人などが、補助金などの決定権を持つ中央官僚に対して、便宜を図ってもらったり情報を入手したりするために、飲み食いなどの接待をする行為。官僚が官僚を接待することから俗に官官接待と呼ばれるようになったのは、その年の7月にこの事実が明るみに出て、市民団体やマスコミが大きく取り上げるようになったからである。

官官接待の証拠が明らかになったという情報をつかむとすぐに、池上はこれは大きなニュースになるだろう、官官接待という聞き慣れない用語がマスコミを飛び交うに違いない、と直感した。聞き慣れない用語がニュースを飛び交うようでは、国民はとまどうに違いない。その前にわかりやすく解説しておこう。これが当時の池上彰のジャーナリストとしての姿勢だった。

池上の直感はみごとにあたり、脚本を書いているあいだにも、その週のうちに新聞各紙やテレビでは「官官接待」という用語が目立ち始めていた。ようやく池上からOKが出て完成した脚本を持って、杉江がリハーサルを始めようとすると、今度は柴田理恵が首を傾げた。

脚本の内容は正しくてわかりやすいのだけど、今ひとつ面白くないというのだ。
「ねえ、すぎぴょん、人形劇としてもっと面白くできないかしら。脚本を書き換えてみない?」
柴田は杉江の耳元でささやいた。お笑い劇団「ワハハ本舗」の座長を努める女優の柴田としては、面白くない、笑えない、ということが生理的に許せないのだろう。

もっと面白可笑しい人形劇の脚本を書きたい。その思いは杉江も同じだった。だが池上の表現したい内容を、事実をそのままに、柴田の満足できるレベルまで脚色できるものなのだろうか。杉江はとりあえず直ちにワープロに向かった。
(つづく)

>>(第21回)演出の面白さにめざめる

目次