8月19日開催 連続シンポジウム「激動する世界と宗教‐私たちの現在地 宗教と資本主義・国家」を池上ウォッチャーCHIEがレポしました!

 知の世界への案内人、池上彰。知の巨人、佐藤優。そして知のプラットフォーム、松岡正剛。
 「こんな豪華な顔ぶれが一堂に会することなど、今世紀中あと何度あるか分からない。地を這ってでも海を泳いででも参加しなければ!」と、謎の使命感に燃えたウォッチャーでしたが、前述の二つの手段を選ぶことはなく、無難に空を飛んだのでした。

 この3回に渡るシンポジウムに通底する主題は「宗教」
 ともすれば唯々怪しくなりがちなこの主題ではありますが、登壇者全員のクオリティの高さがそのような疑念を差し挟む余地も与えず、シンポジウムは終始クリアな空気感に包まれたものでありました。
 例のごとく、シンポジウムの詳細については後日角川文化振興財団より発売されるとのことなのでそちらにお任せすることにして、ここではウォッチャーが印象に残ったことを搔い摘んでお届けします。

 さて、第一部は池上さんと佐藤優氏の対談です。奇しくも前日、バルセロナでテロが起こったこともあり、佐藤氏によりテロの現在について解説がなされました。
 氏によりますと、イスラム過激派と見られるスンナ派のハンバル法学派は、世界中の自殺志願者に対し、「誰にも見られることなく泡沫で犬死にするくらいならイスラムの為に自爆テロを起こして英雄になれ」と嗾けて人を集めている状況で、現在はほぼ宗教の体を成しておらず、『イスラムの為の過激派』ではなく、『過激派の為のイスラム』に変貌を遂げている、とのことでした。

 ところで以前の同志社大学での講演では佐藤氏への言葉の理解に若干のタイムラグを生じたウォッチャーでありましたが、今回は池上さんと佐藤氏が壇上でテーブルを挟んで椅子に座るという対談形式であったためか難解に感じることもなく、対談は終始和やかな雰囲気で進んでいきました。
 対談の中で印象的だったのは、『どう善く生きるかということはどう善く死ぬかということに繋がる』との言葉です。そして、「人生の中で宗教にひとつ足を踏み入れておかないと、他へ依存することになる。一方で宗教への耐性を付けておくためにも宗教を利用しておくとよい」という提案がなされていました。ウォッチャーには『宗教は依存するものではなく利用するもの』という観点がとても興味深く、また新鮮に思えました。

 第二部は若松英輔氏と碧海寿広氏の講演です。これが素晴らしかったのです。
 特に若松氏の説得力のある講演は目を見張るものがありました。講演とはいえ、一定の空間で「霊性とは何か」と語ろうものなら場の空気は曇りがちですが、若松氏の場合、空間はクリアに保たれたまま言葉の力が増していくのです。宗教というものをこれほど澱みなく真っ直ぐに語れる方が日本に居たのか、と感激すら覚えたのでした。

 第三部はお待ちかね、御大の登場となります。
 松岡正剛氏がコーディネーターを務めるのです。池上さんがパネリスト、という壇上の景色がこれまた新鮮で、ウォッチャーの顔が無駄にほころんだのは言うまでもありません。
 そしてこのパネルディスカッションで第一回目のテーマを取り上げます。
 『資本主義と国家』、パネルディスカッションでは「現在あらゆるところに資本主義が侵食して宗教が入る余地がない。例えば大企業でも組織内部にまで資本主義が入り込んでしまって救いが無くなっている。一方、宗教にもその傾向が見られ、宗教が権威主義に陥っているが、本来であれば『貧しい人、困窮している人に寄り添う』というのがキリスト教であれ仏教であれ宗教の在り方である」との結論に至るのでした。

 最後の結びとなる「貧しい人や困っている人に寄り添うのが本来の宗教の在り方だった」との言葉を第一部の段階で口にしていた池上さんの力量には呻るしかなく、ウォッチャーにとっては濃密な空間であり、最高の思考のクリーニングの時間となりました。
 この場を提供してくださった角川文化振興財団、また共催の朝日新聞社とKADOKAWA、そして素晴らしい登壇者の方々に感謝の言葉しかない、と思いながら会場を後にしたのでありました。