池上彰の教科書に載っていない20世紀、今回の放送をご覧になって衝撃を受けた方も多いのではないでしょうか。今回のキーワードは『終戦から3日後』です。
 いち視聴者としては『よくこれが放送できたなぁ』というのが正直な感想です。番組タイトルが掲げるとおり教科書には絶対に載らないであろう、終戦を迎えても戦争の爪痕に翻弄される人たちが取り上げられていました。

 1945年8月15日、日本では終戦とされる日です。この日、昭和天皇の玉音放送により終戦が日本国民に伝えられました。それまで戦時体制だった日本はアメリカの占領下となり、この日を境に一変することになります。

 1945年8月18日、番組ではこの日の出来事が二つ取り上げられていました。

 ひとつは『特殊慰安施設協会』の設立です。
 占領政策のためにアメリカ軍兵士がやって来ると必ずこのようなことが起こると想定した政府は、終戦から3日後に日本の多くの女性の貞操を守るためその犠牲として愛国心のある女性を募集、当時の日本ではまだ売春は違法とはされていなかったため、公の慰安所を設立したのでした。ある意味日本女性の防波堤となった女性たちとも表現できるかもしれません。時は流れ、日本が豊かになっていくにつれて彼女たちは厳しい目にさらされるようになり、その11年後には売春防止法が成立、摘発の扱いを受けるようになります。
 しかしながら、戦場と性は切り離せないものであり、占領下の日本で日本女性を守るため尽力した女性たちが存在したことも忘れてはならないと思いました。

 もうひとつは、ソ連による占守島への侵攻です。
 終戦から3日後の深夜1時過ぎ、占守島におよそ8,800人のソ連兵が上陸しました。戦闘停止状態にあった日本ですが、スターリンはその侵攻理由を『天皇の降伏発表は単なる宣言であり、軍事行動停止命令は出されていないので、ソ連軍は対日攻撃作戦を続行する』と当時の共産党機関紙に記載、終戦の混乱期に乗じて占守島を皮切りに北海道まで実効支配する目論見があったとされています。しかし、占守島にはアリューシャン列島でのアメリカとの戦闘で日本軍の精鋭部隊が撤退してきており、6日間に渡る戦闘は占守島以降の侵攻を許さなかったのでした。
 番組では、その後の日本人捕虜へのシベリア抑留に関するロシアとの歴史認識の違いをまざまざとあぶり出していきました。ロシアの人たちはシベリア抑留を教えられていないのです。それに直面した宮崎美子氏の表情がとても印象的でした。

 最後に池上さんは「教科書には載らない名もなき人々によりさまざまな歴史がつくられ、平和が築かれてきた。それを忘れずに後世に伝えていかなければならない」と結ばれていました。
 ここで取り上げたのは上記二つの出来事だけですが、角度を変えて見てみれば現在の私たちに色々なことを教えてくれます。もしかしたら私たちにはまだまだ沢山の知るべき過去があるのかもしれません。