また夏がやってきました。今回は戦後70年目の夏です。
この土日、池上さんの番組で過去と現在と未来に思いを馳せた方も多いのではないでしょうか。
週末の特番では両番組共にドイツが取り上げられ、心に残る箇所がどちらにもあったため、欲張りではありますが綯交ぜにしてレビューしますこと、皆さまにお許し願いたいと思います。

今回の特番、切り口は違いましたが私には2夜でひとつのドキュメンタリーのようにも思えました。
『ニュースそうだったのか!!』では、ドイツが過去と向き合っていることをピックアップ。
しかし、戦争へと導いたのはヒトラー及びナチスであると「絶対悪」がきちんと特定されているため、ドイツの学生はそれを反面教師として教育を受けています。また、『池上彰の教科書に載っていない20世紀』では、ヒトラーが上り詰めていくさまと人々を洗脳にも似た熱狂へと駆り立てていく手法について解説。

ここで、同じ敗戦国である日本との違いが浮き上がります。
日本では極東国際軍事裁判で『A級戦犯(平和に対する罪)』とされた者は存在するものの、戦争責任が現在でも曖昧であり、また戦争へと至る経緯やその背景に関してきちんとした検証とそれに基づく教育がなされていません。
『そうだったのか!!』では、東京裁判での東條英機の「私は最後までこの戦争は自衛戦争であり、国際法に違反しないと主張する」との言葉がありましたが、『20世紀』での松岡洋右の国際連盟脱退の顛末を見ると、侵略とレッテルを貼られても仕方の無い傲慢さが当時の日本にはあり、買う必要の無い恨みを世界に買っていたのかもしれないとも思いました。

また、ヒトラーが民衆を煽るときに使った言葉と、松岡が国際連盟で自国の正当性を主張するときに使った言葉がどちらも『平和のため』であることに歴史の皮肉を感じました。
ヒトラーは『平和のために敵を作り、平和のために排除主義になってゆく』という独裁者のプロトタイプそのものです。その一方、松岡は日本人的一面を見せます。日米開戦を知った松岡は皇居の前で土下座したというのです。傲慢さが見られても、日独伊三国同盟を結び、そして日ソ中立条約を結んだ松岡の胸の内は『アメリカとは戦争したくない』だったと。ソ連との中立条約が抑止力となると考えた松岡ですが、ポツダム宣言受諾を後押ししたのがソ連参戦だったことを考えると、日本の敗戦は既定路線だったのかもしれません。

なお、池上さんの著書には「歴史とは勝者により描かれる」との記載がありますが、その視点で見ると、ドイツは周辺国と地続きであるため反省の姿勢を見せるなどの配慮がなされており、先日もメルケル首相によってナチス時代の反省が語られています。一方日本は島国で外交折衝に慣れておらず、強かさが身に付いていないため、靖国合祀が問題となったり、配慮が欠けると言われるのも仕方がないのかもしれないとも思えました。

池上さんは「過去に目を閉ざさずに自らの歴史から学ぶ」と総括されていましたが、戦後70年を経てもあの戦争について詳らかにせず、その教育に着手できていないことも、今のこの混沌とした政治状況を招いている一因なのではないかと思います。
また、「戦後〇年と言い続けられるように」とも仰っていましたが、日本の場合、論うべき誰かの不在により教育ができていないのであれば、当時の時代背景、例えば経済状況や国際情勢、パワーバランスそして政治に携わった人間の決断を史実として学び、どのような選択をするのがベストだったのかを考察するなど、未来に繋げるため、これからは日本人に強かさや洞察力を身に付ける教育をしていくことが必要なのではないかと思った週末でありました。