「ニュースを読み解く『教育』の歴史 ~池上彰と駆け抜ける55年史」

1960年代、安保闘争など学生運動が盛んになりました。主なものでは1968~69年の東大紛争・安田講堂事件が挙げられますが、日米安全保障条約の延長を阻止するべく、デモが盛んに行われていたのです。
学生達は日本に革命を起こそうと、1970年に赤軍派がよど号ハイジャック事件、1972年に連合赤軍があさま山荘事件を起こします。あさま山荘事件はテレビで生中継されますが、その悲惨さを目の当たりにした学生達は一気に意欲を失い、ここから学生運動は下火になっていきます。
なお、赤軍と言えども軍隊ではなく学生を中心に構成されたもので、年齢は10代~20代半ばの若者達でしたが、当時は日本を本気で変えようとする学生が存在したのです。

1983年、中学校の先生が生徒の胸を刺すというショッキングな事件が起こりました。
原因は1970年代まで実施されていた詰め込み教育で、授業についていけず落ちこぼれとなる生徒が増えたため学校が荒廃し、校内での暴力が日常化したことによるものでした。
続いて1986年、中学生がいじめを苦にして首吊り自殺するという痛ましい事件が起こります。
これは学校による校内暴力の抑圧により、その矛先が生徒同士によるいじめへと繋がり、それが表面化したものと考えられます。また、いじめによる生徒の不登校も増加し『いじめ・不登校』が社会問題化するようになりました。
この状況と並行するように1980年からゆとり教育が実施されましたが、ゆとり教育も学生の学力低下が叫ばれ、現在では脱ゆとり教育の実施が始まっています。
しかし、教育方針の変遷を経た現在でもいじめや不登校の問題が解決したとは言い難い状況にあります。

1995年、地下鉄サリン事件が起こりました。
これは麻原彰晃を教祖とするオウム真理教が警察の捜査を撹乱しようとして地下鉄霞ヶ関駅で神経ガスサリンを撒いた事件です。この団体には高学歴エリートとされる理系出身者が多数存在していました。麻原は理系の学生の心の隙間を突き、『真理とはこういうものだ』と植え付けることによって求心力を高め、妄信した信者達は麻原の言いなりとなってこのような事件を起こすに至ったのでした。

また、お隣の国中国では1989年に天安門事件が起こりました。
これは民主化を求めた学生達が天安門広場に集結し、中国共産党による武力弾圧が行われたという事件です。
この武力弾圧の様子は世界にテレビ中継され、今でも当時の生々しい映像を見ることが可能です。しかし、中国国内ではこれを見ることができません。中国は言論の自由が認められておらず、インターネットでも検閲が行われていますが、この事件をきっかけに反乱の芽を摘むための愛国教育が行われるようになりました。
その内容は徹底的な反日教育で、『過去の日本が中国にどれだけひどいことをしてきたのか、日本からの開放を勝ち取った中国共産党は素晴らしいのだ』と日本への憎悪を煽ることにより愛国心を植え付けるもので、今現在でも続いています。その成果は最近のニュースを見れば一目瞭然であります。

このように過去の出来事を見ていくと、学生の行動や教育の在り方、思想の植え付けなどによって歴史が動き、今日に繋がっている側面を理解することができます。
教育や学生という響きが懐かしくもある今日この頃ですが、日本の置かれている状況を読み解くためにも自ら学ぶ姿勢は忘れずにいようと思い至った55年史なのでありました。