キーワードは『戦争か、平和か』

2014年は一体どのような年になるのでしょうか?
今年の世界情勢は中東から見えてくるとして池上さんはヨルダンのザータリ難民キャンプ、エルサレム南に位置する聖地ヘブロン、パレスチナ自治区ガザに現地取材を行いました。

2013年、中東に二つの大きな動きがありました。
ひとつはシリアの化学兵器使用によるアメリカの軍事介入の棚上げ、もうひとつはイランのロウハニ大統領とアメリカのオバマ大統領の両国トップが34年ぶりに電話会談し関係改善に向かっている、というニュースです。この関係改善により、イランと敵対する周辺諸国、主にイスラエルの今後の動向に注目が集まると予想されます。
イスラエル
ユダヤ人国家イスラエルの首都エルサレムは1981年世界遺産に指定されましたが、旧市街は世界で33億人が信仰する『ユダヤ教の嘆きの壁』『キリスト教の聖墳墓協会』『イスラム教の岩のドーム』という世界3大宗教の聖地を1km四方に網羅しており、『この土地は一体誰のものなのかという2000年に渡る土地争いの場所』でもあります。
イスラエルにはアラブ人が居住するパレスチナ自治区が存在していますが、テロ行為が頻発しており、テロ防止の名目でキリスト生誕の地ベツレヘムなどに高さ8メートルの巨大分離壁を作っています。パレスチナのアラブ人は簡単に壁の向こうには出ることができず、国際社会はこの壁を認めていません。
また、パレスチナのヘブロンにも3大宗教の祖アブラハムのお墓とされる聖地がありますが、イスラエルのパレスチナ自治区の中にユダヤ人入植地が存在するという入れ子のような複雑な状態であり、ここでも争いは絶えません。

ユダヤ人はなぜこんなにもこの土地にこだわるのでしょうか。歴史上では、紀元前2000年にアブラハムが神からカナンの地を与えられたとされ、現在のイスラエル周辺にユダヤ人が住み着きました。しかし、紀元前70年にエルサレムがローマ帝国による攻撃を受けて陥落すると、ユダヤ人は世界中に離散しました。
それから2000年を経た第2次世界大戦時の1929年、ヒトラーは‘ドイツ不況はユダヤ人の所為である’としてユダヤ人を弾圧、ヨーロッパ在住のユダヤ人1100万人のうち600万人がナチスドイツによる迫害を受け、犠牲になりました。
ユダヤ人迫害の文献として『アンネの日記』がありますが、その内容は迫害の事実と共にアンネがユダヤ人としての自覚を持つ成長の物語となっており、この日記が世界中で読まれた結果、ユダヤ人に対する同情などが芽生えました。その後、国連による分割案などを経てイスラエルが建国され、聖地エルサレムは国際管理の土地となりました。しかし、アラブ人はこれに納得しておらず、イスラエルに攻撃を仕掛けて争いが止むことのない状況が今でも続いています。
日本には何ができるのか?
中東ではアメリカが仲介をすると反米感情が起こりますが、反日感情というものは存在しないため、対立する二つの主張を日本が仲介していくという大きな役割を果たす可能性も考えられます。

イケマメ

1,2014年、ヨーロッパでは住民投票によりイギリスからスコットランドが独立する可能性がある。
2,UNHCR現地責任者によると難民キャンプ運営で重要なことは①みんなが人間としての物語を持っていることを認めること②区画整理をして住宅事情を整え近所づきあいができるようになったこと であり、行き着くところ、人間の尊厳が全ての人に必要であると語った。
3,ユダヤ人迫害の歴史の原点は聖書で、キリストが十字架に掛けられた際ユダヤ人が言った「その血の責任は我々とその子孫にある」というマタイ福音書第 27章の記載である。ヨーロッパはキリスト教社会で、ユダヤ人は卑しいとされる金融業にしか就けなかったが、それで成功を収めたため更に妬まれたという皮肉な経緯がある。