やはり池上彰のダジャレは結局、視聴者に伝わらなかった。

接待が行われた高級しゃぶしゃぶ店に「パンはありません」の張り紙。パンが無いからノーパン。当時はノーパンしゃぶしゃぶ店なるものが流行していた。ゆえにその役人たちの下品さを表現できるに違いない。

この幾重にも折りたたまれた池上のもくろみはみごとに空振りに終わった。高度すぎたのだ。そもそもバブル期にノーパンしゃぶしゃぶというものが流行していた、という事実も視聴者は知らない、かすっかり忘れている。そんな状態でダジャレなんか成立するわけがないのだ。杉江は指摘したが池上は動じなかった。「いいんだよ。わかる人にさえわかれば」と満足気に笑っていた。

このような枝葉末節のことがらについては、池上彰は実におおらかであった。重要なことがらは何がなんでも徹底的にわかりやすく、視聴者がちゃんと理解できるまで噛み砕くことに池上はこだわっていた。一方では「わかる人にさえわかればいい」という変化球も、こっそり投げるようになっていった。

すべての人にわかりやすく、という基本スタイルに対して、自らの中でバランスをとっていたのか。あるいは池上の特有の茶目っ気なのか。いずれにしてもすべての人が知っていなくてはいけない大事な情報、いわば必修項目とは別に、あるレベル以上の人にだけ伝わればいい高度な情報、いわば選択項目を伝え始めた。それらを池上は明確に切り分けて、それぞれ別の球種で投げるようになっていった。フリーになった今でも、それは使い分けられている。

その回の人形劇の演出で、もう一点だけ杉江義浩にはすぐには理解できなかった池上彰の演出があった。しゃぶしゃぶ店の店員の人形を急遽作らせたこと。それを池上が自ら操演したこと。シーンは官僚たちが密談している場面で、絶妙なタイミングでちらり、ちらりと店員の人形は画面に顔を見せたが、店員は終始無言で、それが何を意味しているのかは、人形劇からはわからなかった。

番組終了後、杉江は池上に真意を訊ねた。
「池上さん、ただ自分も人形劇に出たかっただけじゃないんですか?」
「あれ、杉江くんにはわかりませんでしたか?!わかると思ったんですが」
それから真面目な顔に戻り、池上はこう続けた。

「一般的には高級飲食店の店員は、客同士の密談を見聞きしても、絶対に外部に漏らさないのがルールです。それが店の信用を支えているからね。でも今回の場合はどういうわけか市民団体に知られてしまった。いったいどのようにして今回はそのような情報をつかむことができたのか。そこに興味は向かいませんか?」
「僕は興味がありますけど、一般の視聴者は普通そんなことまで考えませんよ」

そうですか。と言ったきり池上は沈黙した。それから意外な事を言った。
「機会があればスパイについても解説してみたいですね。ちょっと検討してみてもらえませんか?」

ちょい役の指人形に、まさかそんな深い意図が込められていたとは思わなかった。池上彰とはいったいどんな男なのだろう。杉江はますます気になってきたが、それは番組を続けていく上でしだいに明らかになっていく。
(つづく)

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