「週刊こどもニュース」がスタート時点した時、視聴率は最悪、

それも肝心のターゲットであるこどもたちに全く見られていないことが判明したことは書いた。編集長である池上彰自身は、それでも大人に見られているからいいのではないかと内心感じていた。だがNHKで「週刊こどもニュース」を制作している青少年こども番組部としては、視聴率のひどさは物議をかもし出すレベルであった。

なんとしてもこどもたちや若い人たちに番組を見てもらわなければならない。それは杉江たち演出チームのみならず、プロジェクト全体にとって至上命題となった。このままの視聴率では放送は打ち切りになってしまう。当然すべてのスタッフ、キャストをはじめ池上は真剣にこの問題に取り組むことになった。当初から模型、CGアニメなどを取り入れた演出であったが、まだ視聴者に受け入れてもらえていない。

池上彰はもともとテレビ番組の演出の経験があるわけではなかった。NHKの職員には報道局といって記者の道を歩むコースと、番組制作局といって番組ディレクターの道を歩むコースがあることは以前書いたとおりだ。池上は報道局の記者であり、ニュースを取材し原稿を書き伝えることのプロであった。だが番組を面白くするテレビ的な演出については学んでこなかった。記者がニュース原稿を書くということは、事実に基づいた正確さ、内容の深さ、早さが求められる作業である。ライバルは新聞記者であり、いかに他のメディアに負けない原稿を作るかがNHKの記者として求められる力量である。画面上の面白さや映像をカメラで撮る時のテクニックなどは、演出のプロであるディレクターに任せておけば良い。多くの報道局記者たちはそう考えていた。

だが池上は違った。テレビを見ている人に受け入れてもらえなければ意味が無い。受け入れてもらうためにはどのような手段があるのか。模索とチャレンジを続けた。初回の「今週のわからん」で使った高速増殖炉もんじゅの模型は、極めて単純なものであり、発泡スチロールで作った四角い箱を重ねてずらすだけのものであった。いわば平面のフリップ(パターン)の演出をちょっと立体化しただけであった。

そんな模型も、番組が回を重ねるごとに工夫をこらし、毎回新しいアイデアでよりわかりやすい模型を作ることに、池上は情熱を燃やし始めた。このとき模型の製作にあたったのが、当時スタジオノーバに所属していた若きデザイナー植松淳であった。植松はその後も11年間にわたり「週刊こどもニュース」の模型を作り続けた。植松は池上がフリーになって民放で番組に出るようになっても、池上の良きパートナーとして模型デザインをしばしば担当するようになった。

番組を面白くするための工夫は模型だけにとどまらなかった。わかりやすくする=面白い。その手法はさらに次々に編み出されていった。そこにはなんと柴田理恵の力も一役買っていたのである。(つづく)

>>(第19回)家族みんなでニュースを考える

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