視聴率というのは民放でもNHKでも同じように、

ビデオリサーチ社といった外部の専門会社や独自の個別調査によるデータで、実際にどれくらいの人が番組を見てくれているかの目安になる数字として注目している。テレビ番組の制作者で視聴率が気にならない者はいないだろう。だが視聴率に対する意識やその意味合いは、民放とNHKでは異なる。視聴率がそのままスポンサーからの営業収入に直結する民放の場合は、かなりシビアに視聴率の推移を見守る。対してNHKでは視聴率がすべてではないとの考え方から、比較的おおらかである。国会中継や専門的な教育番組などは視聴率が低くても関係なく放送するからだ。とはいえNHKが視聴率を気にしないわけではない。受信料を使って制作した番組は、より多くの視聴者に見てもらってこそ価値があるからである。

「週刊こどもニュース」の場合も、毎週の放送がある程度回を重ね、番組が軌道に乗ってきたところで最初の視聴率検討会が開かれた。
この会議は中村哲志プロデューサーをはじめ主立った制作スタッフと、池上彰が出席した。大人だけで開催され出演者やこどもは出席しない。こどもたちには視聴率など気にせず、のびのびと番組出演に専念してもらいたいという配慮からだった。

地域別、年代別の細かい視聴率が分析された資料を手にしながら、中村は開口一番、無念そうにこう述べた。
「総合テレビの視聴率としては、まったく良くないね。教育テレビの囲碁将棋の方がまだましなくらいの数字だ。何よりも年代別で見ると肝心のこどもたちが全く週刊こどもニュースを見ていないという結果が現れている。これは問題だ」
資料を見ながら杉江も同じ事を考えていた。こども番組には「こどもに見せたい番組」と「こどもが見たい番組」がある。前者としては成功かもしれないけど、後者としては失敗だ。なんとかしなくては。

そのとき池上彰が口を開いた。
「ちょっと待って下さい。このデータを見ると大人の視聴者、特に50歳代以上の高齢者の方の視聴率が驚くほど上がっていますよ」
たしかにそれは注目すべき結果だった。だが中村はこう否定した。
「なるほど高齢者の支持は意外なほど伸びている。だけどそれは我々の目的とは相容れない。我々はこども番組を作っているんです。こどもに見てもらえなければ意味が無い。こどもはやがて大人になり、受信料の担い手になる。その層を開拓するのが我々こども番組部の任務なんです。そこを見失ってもらっては困ります」
総合責任者である中村プロデューサーの言葉に、池上もそれ以上は反論しなかった。
だが池上彰が独り言のようにぽつりと言った言葉を杉江は聞き逃さなかった。
「どんな層が見てくれていようと、視聴者に喜んでもらえてるというのは良い事だと思うんですが」
さらに続けた。
「せめて小学生ではなく、高校生くらいを対象にした番組なら、私も解説がしやすいんですがね」
ため息ともつかぬ池上の言葉はそのまま無視された。会議は今後どうやってこどもに見てもらえるかの善後策にもっぱら話は進んでいった。事実この後番組の演出は改良を重ねられ、池上は11年間の長きにわたって小学生を対象にした週刊こどもニュースのお父さん役を勤め上げた。

だがこの時の池上彰の独り言は、遥か後に池上がNHKを退職し、民放で大人の芸人を生徒役とした「学べるニュース」などのヒット作を生み出す布石になっていようとは、この時点では誰が予測しえたであろうか。池上彰はNHKの職員だったのである。

会議の矛先は、杉江たち演出チームに向けられた。いかにして小中学生のこどもに見てもらうか、演出チームの努力にかかっている。人形劇、模型、コント、なんでもいいからこどもにとって魅力のある番組作りを目指すべし。
中村の号令で会議は締めくくられた。

このとき、池上彰が実は大人も含めた全視聴者を、ニュースに対するリテラシーを高めたいと願っていると感じたのは僕ぐらいのものだったのだろうか。
(つづく)

>>(第17回)番外編【山口六平太】

目次