本番の生放送が始まるのは翌年の1994年4月。まだ3ヶ月の猶予がある。

準備期間だ。その期間に大人向けのニュースをこどもにも解るようにし、週刊こどもニュースという新番組のカタチを作る。この使命を帯びて、池上彰をはじめとする報道局ニュースチーム、そして杉江たち番組制作局のこども番組部の演出チームが、それぞれ毎晩深夜まで議論を重ねてアイデアを出し合った。
大きな壁が立ちはだかっていた。「そもそもニュースなんて、こどもは見ないですよ」「こどもはニュースには興味なんかないですから」。こども番組部の精鋭の一人が、身も蓋もない発言をした。たしかにそのとおりかもしれない、と僕は思った。こどもはニュースを見ない、それが実情であっても僕たちはそれを覆さなければならない。
「では、なぜこどもはニュースに魅力を感じないのか?」
議論はそこから始まった。内容が理解できないのはもちろん最大の理由だ。だがそれだけではない。出演者のこどもたちから聞き取り調査をした。「だって画面がつまんないんだもん」という声が上がった。

たしかに政治・経済のニュースに出てくる画面は、たいてい背広を着たオジサンが1ショットでしゃべっているだけである。オジサンがしゃべっている映像(トーキング・ヘッド)には、こどもは何の魅力も感じない。それがニュースアナウンサーだろうと、総理大臣だろうと、大企業の社長であろうと、オジサンはオジサンだ。オジサンがテレビで何かしゃべっている、それは映像としては最もつまらない映像だ。
そこでアニメキャラクターにニュースを読ませよう、という案が出た。かくしてスクープ君という豚のキャラクターが、ストレートニュースを読むことにした。NHK始まって以来の掟破りの演出である。ニュースはアナウンサーか記者が読む。それは長年NHKの掟であった。それをこともあろうにアニメのキャラクターが読むとは。報道局からは猛反対があったが、番組制作局プロデューサー中村哲志と池上彰がそれを説き伏せた。

さらに、ニュース映像がこどもにとってつまらないのは、肝心の事件・事故が起きた瞬間の映像がないことである。例えば交通事故のニュースがあったとして、普通のニュースの映像だと事故後の壊れた自動車の映像が映るだけだ。こどもはそれでは納得しない。実際にクルマがぶつかる瞬間の、その映像があって初めて交通事故だと認識する。実写でそれを見せることはもちろん不可能だ。あらゆるニュースについて、この問題は課題となった。贈収賄のニュース、不祥事のニュースでもトーキング・ヘッドが頭を下げる映像ではなく、実際に賄賂を渡している瞬間の映像がなければこどもたちは納得しない。

さいわい、当時アミーガという一晩で簡単なCGアニメーションを作れるコンピュータが誕生した頃であった。杉江たち演出チームはさっそく飛びついた。これで事件・事故が起きた瞬間を、贈収賄が起きた瞬間を、トーキング・ヘッドではなく表現できる。そして概念を説明するには、模型が活躍してくれるだろうというところまで、演出プランは練り上げられていった。ロケ、アニメ、模型を組み合わせてニュースを解説するプランは3ヶ月のあいだに準備を整えつつあった。

しかし池上彰は苦戦していた。肝心のストレートニュースを豚のアニメキャラクターに読ませる以上、完璧なニュース原稿を仕上げなければいけない。スクープ君役の声優、龍田直樹は信頼の置ける大ベテランだった。しかし彼が読むニュースの原稿は、あくまでもNHKのニュースとして世に出せる、かつこどもにも理解できる、そのような原稿でなければならなかった。あのお見合いの日以来持ち越している、ニュース原稿をわかりやすくリライトする、という課題はまだ何一つ解決していなかったのである。
(つづく)

>>(第7回)見てはもらえぬ番組を創る

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