「鈴木さん、岡本さん、大先輩に向かってこんなこと言うのは失礼かもしれないけれど、

そのニュース原稿ではこども達に理解させるのは無理ですよ。そもそも総理大臣が何かを知らない人に、その先の話をしても意味が無い」
池上彰のこのひとことで、OBのベテラン記者二人は腕組みをして大きくため息をついた。わかりやすいニュース原稿を5つほど作ってきたはずなのだが、最初の一枚でこのありさまである。まさに書いてきたニュース原稿をくしゃくしゃにしてゴミ箱に放り込みそうな、絶望とも怒りともつかない表情を浮かべていた。
それから池上彰は僕たち演出チームの方に向き直って、こう言った。
「あなたたちディレクターから、そもそも総理大臣とはどういうものか、こどもたちに説明してあげてくれないかな」

いきなり話をふられた僕たち子ども番組の演出チームは、焦って互いに顔を見合わせた。ディレクターの一人が言った。
「あのね、総理大臣というのはつまり、、、えっと、なんだっけ、つまり日本の行政をとり行うリーダーで、、、あ、行政がわからないか、えーっと、、、。」
言葉につまってしまった。うまく答えられない。言われてみれば高校の社会科で勉強して以来、ちゃんと考えてもこなかったのだ。
池上彰は半分あきれた顔をしながら、こう言った。
「ほらね、大人だってこのありさまなんです。NHKの7時のニュースを見て、視聴者が内容を本当に理解しているのかどうかだって、ひょっとしたらあやしいものかも知れませんよ」
OBのベテラン記者二人は、さらに大きなため息を付いて、しばし考えこんでしまった。それから大急ぎで原稿に手直しをして、再びこどもたちに読み聞かせをチャレンジする作業に着手した。数分後、あたらしくリライトされた原稿が出来上がった。

「こんどはどうかな。みんなの使う道路や橋を作ったり、学校を作ったり、国を守る自衛隊を指揮したり、外国とのお付き合いをしたり、と様々な役所が仕事をしています。それらの役所の仕事の内容や、国民みんなのお金である税金の使い道を決めたりして、日本を代表してとりまとめるリーダーが総理大臣です。この総理大臣に誰がなるかということはとても大事なことなので、国会議員が選挙で選びます。国会議員というのは、、、。」

そこまで言って原稿を放り出した。
「だめだ!長くなりすぎる。これではとても細川首相の答弁の内容まで話が進まない」
ベテラン記者はついにさじを投げた。
「池上くん、君はそもそも大人向けのニュースをこどもに解らせるなんてことができると本当に思っているのかね?」
さすがの池上彰も、これには即答できなかった。
もう一人のベテラン記者が言った。
「こどもには政治や経済のニュースは無理だ。もっとこどもらしい話題に限って伝える番組にしたらどうかね?」
総責任者の中村哲志プロデューサーは、こう言い放った。
「できるかできないかじゃないんです。やるんです。あえて大人向けのニュースをこどもに解らせるのが、この番組の使命なんです」
ついに池上彰も腕組をして目をつぶり、じっと考え込んでしまった。最終的に説明役を引き受けるのはキャスターでありお父さん役である池上彰自身である。生放送の画面上で、すべての責任が降りかかってくる。
はたして本番までにこの難問を解結できるのか?
(つづく)

>>(第6回)そもそもこどもはニュースを見ない

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